Home  > <日本航空史> 「太平洋横断機変じてガソリンスタンドと成る 朴敬元さん補足>コラム>2021年5月号 

誌上個展

<日本航空史> 太平洋横断機変じてガソリンスタンドと成る
朴敬元さん補足

  by 加藤 寛之
プラモデル コラム

 今回は、本「日本航空史」に載せてよい内容なのかダメなのか、実は分かっていない。
 掲載の不思議な雰囲気の飛行機写真は、元は写真ニュースのようなA3サイズくらいの印刷物で、それには発行元も発行年も書いていない。ただし説明文があって、これは米国W・ヒックス、R・Mベンソの両氏が太平洋横断機として51000ドルを費やして新造したローヤル・アルバートロス号だという。それが設計ミスで使用できず挑戦を放棄、機体はガソリンスタンド屋さんが購入してガソリンスタンドに改造したのだという。翼は屋根、キャビンはお客様の休息所、尾翼は事務所の机代りとか。



 それが偶然、国際情報社発行の雑誌『世界画報』昭和8年9月1日号に、同じ写真が載っていることが分かった。こちらの記事で、場所はロサンゼルス郊外と分かった。繁盛している、ともある。
これで時期と場所が分かったとはいえ、この挑戦が何であったのか、なぜ断念したのか、その資料を探しても見つからない。どこかで読んだようにも思うのだが…。読者で、この飛行機と挑戦者のことを知っている方、ぜひ教えてください。


 さて、この『世界画報』を何で持っているかというと、本『日本航空史』第1回「祖国への飛行で散った民間女性飛行士 朴 敬元さん」(2014年9月号)の文中でふれた、日の丸の旗を持つ朴さんの写真がこれに載っているからだ。
せっかくなので、第1回の朴敬元さんの記事を補足させていただく。
朴 敬元さんの墜落地点は熱海梅園ではない。そこに新しい慰霊碑を建てたのであって、落ちた場所は別。記事では曖昧だった。



 もう一つ、埼玉県日高市にある高麗神社には、入口にある参拝諸名士芳名の木札に「二等飛行士 朴 敬元」と今も掲げてあることが分かった。一緒に行った韓国の方から、この名前は男の名だと教えていただいた。朴 敬元は女性であるから、何か理由があったのだろう。木札の隣の人の名も見てほしい。航空史というよりは、第1回「祖国への飛行で散った民間女性飛行士 朴 敬元さん」に記述した日本の歴史を感じさせられる。
 せひ、お参りの際にはご覧いただきたい。


  Home ><日本航空史> 「太平洋横断機変じてガソリンスタンドと成る 朴敬元さん補足>コラム>2021年5月号

Vol.153 2021 May.   www.webmodelers.com /Office webmodelers all right reserved / editor Hiromichi Taguchi
                  田口博通 / 無断転載を禁ず/  リンクフリー
「webモデラーズ について」 「広告のご出稿について」

プラモデル模型製作記事


TOTAL PAGE