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P47D サンダーボルト(モノグラム 1/48)

by 小山新一



(実機について)
 手元にある資料で、本機の開発経過を調べてみると驚かされる。何と試作機が完成したのが、1941(昭和16)年12月だ。太平洋戦争開始時点で、アメリカは排気タービンを装備した重戦闘機をほぼ完成させていたのである。試作機XP47Bは作られたのが1機のみで、とくに大きな問題もなく、量産移行はスムーズに進んだという。
 対するわが日本はどうか、入ってくる本機の情報に接し、パイロットたちは「あんなトラックみたいな戦闘機で空戦ができるか」とバカにしていたのである。それが、戦局不利になり、B29による本土空襲を許す状況となり、高々度性能を備えた戦闘機が求められることとなる。結果試作されたのが、キ87(中島)や、キ94Ⅱ(立川)などであった。両機とも排気タービンを装備している。何のことはない、かつて笑っていたP47をめざしたのである。しかしながら、両機をはじめとし、日本は高々度戦闘機をものに出来ぬまま終戦を迎えている。この一事だけをみても、対米戦は無謀きわまる戦争だったというしかあるまい。
 多少の空力的洗練では太刀打ちできない、エンジン関連の技術で、日本の航空技術は米国に比べ、半周や1周どころでない遅れがあったのである。

[模型の制作]
「ごきげん最高!」のコピーとともに、モノグラムが飛行機モデルで、他メーカーを圧倒していたころの製品である。初期の可動部テンコ盛りを廃し、正確な外形と部品の一体化をはかるようになった時期の製品で、発売当時はP47Dの決定版と評されたキットである。ヤフオクで入手した本キットは、初期の、地味めなタッチのイラストが描かれた横長ボックスである。インストに copyright 1967 の記載がある。
 私の制作の動機は明快だ。先に私が作った、和製P47ともいうべき立川キ94Ⅱのソリッドと並べたかったからだ。3月の初めから取り掛かり、何と2週間ちょっとで完成した。キ94Ⅱが3ケ月余かかったのに比べ、何と短期であったことか。改めてプラモデルのインスタント性に感心させられた。モノグラムのこの時期の製品コンセプト、「可動部なし、パーツの一体化」にも助けられた。何しろ1/48で、全パーツ数が約40と少ない。
 そのぶん、マーキングに手がかかった。デカールはひびだらけで、使えそうにない。これでアメリカのエース、ガブレスキーのマークを手描きするのは耐えがたい。で、もう一つの塗装例、イギリスのRAFの機体にすることにした。ラウンデルは小さく2色だし、アルファベットも何とかなりそうだ(これはデカールを型紙にして手描きした)。この塗装はアジア戦線で用いられた機体のものらしい。

6アメリカパイロット1名とともに(ただしこれはタミヤの海軍パイロットフィギュア)


2ボックス

           
7同様のフィギュア2名と


3インスト


8デカール


4右側面

               
   9デカール裏面(切り抜いたのは計器盤で、紙のままはりつけて使用)


5右側面(後方から)


P47Dと、キ94Ⅱのツーショット




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