ここで実機の歴史について少し述べておきます。シースプライトは開発当初は単発の米海軍向けの汎用ヘリコプターで、HU2K-1(後にUH-2Aに呼称変更)と呼ばれました。量産型の部隊配備が始まったのが1962年の12月で、その後出現した、簡易航法装置を搭載したHU2K-1U(後にUH-2Bに呼称変更)と併せ、190機が生産され、ヴェトナム戦争ではレスキューヘリとしても活躍しました。次いでカマン社はエンジンを双発にしたUH-2Cを開発し米海軍に採用されます。この双発型はさらに電子機器がアップグレードしたHH-2D、そして対潜機材を搭載したSH-2Dへと進化しますが、機体の大半は新造機ではなく、UH-2AとUH-2Bからの改修で賄われました。そんな中、1970年に入って米海軍は戦闘艦の攻撃・防御能力向上のため、LAMPS(Light
Airborne Multi-Purpose System)という名称で、戦闘艦搭載用の新しい対潜ヘリコプターの選定に入ります。 |
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このシステムの導入で、戦闘艦と対潜ヘリはデータリンクで結ばれ、攻撃・防護範囲が飛躍的に拡大するわけです。そして1970年10月、カマン社のSH-2Dが、初の本格的艦載ASWヘリコプターとして採用されました。その後1973年から1975年の間に大半のD型が、飛行性能を向上したSH-2Fへと改造され、その後長らく部隊運用に供されます。そのSH-2Fは、第一線を退く1993年10月まで運用され、厚木基地でも度々見かけることがありました。シースプライトの最終バージョンはSH-2Gで、ローターブレードの複合材料化や燃費のいいエンジン(GE T700-401)への換装、そしてアビオニクスの改良などが施されました。しかし米海軍向けの機体は、新造機6機とF型からの改修機18機という結果で終わり、その他ニュージーランド海軍向けに5機の新造機を製造して生産を終了しています。 |