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特集 試作機

  ゼロ戦33型/42型 (ハセガワ 1/72)

  by 寿



 試作機の特集ということでまた作ってしまいましたよゼロ戦を。
 今回は33型と42型です。なんじゃその機体は寿お得意の妄想仕様かと言われそうですが、33型に関してはまぁその・・・・否定はしません。高々度性能会得の為に排気過給器装備の計画機が在ったとしか分かっていないし型式もデタラメなので信用しないよーに。(とは言え実はまるきりそうでもないという妖しさがミソ)

33型


33型


  でも42型は52型の試作機として実在したと言われている機体です。
 42型の主な特徴は、
1:カウリングが22型と同じ 
2:フラップの面積が22型と同じ
3:推力式排気管を使用
4:52型では分割式になっている排気管出口の耐熱板が機体外板と同面積の一枚板となっている
5:翼幅は32型と同等だが翼端は切り落とし型からそれ以前の型式と同様に丸く整形されている
6:翼内機銃は銃身の短い20ミリ99式一号銃

42型


 こんな所でしょうかね。書き出してみると結構違うのう。見た目じゃほぼ52型にしか見えないけどね。他にもあちこち細かい箇所や装備品とかも違うかも知れないけれど其処までは再現出来ませんでした(突っ込んでくるヒトが居たらむしろ有り難いお話だよ)。とは言えぱっと見42型として成立させるにはこれで十分無問題。間違い探しレベルのみみっちい変化だけれども工業製品の型式違いなんてこんなもんじゃ。42型に限ったことじゃないし気にしちゃダメ。



 ちなみに量産型の呼称が42型から52型へと変わったのは「42は『死に』に通ずるから縁起が悪い」と空技廠がダダこねたのが理由、と大日本絵画刊スケールアビエーション2001年11月号に載ってます。でもホントにそうだったのかなぁ。晴嵐と南山が取り違えられて定着してるように戦後のどさくさと錯簡で「面白い理由」が採用されているだけのような・・・・



 書類の関係上変わっただけで元々42型と52型はそれぞれ独立した存在だったような気もします。審査中は非武装で装備品の一部がバランスウェイトに置き換えられていたかもしんないからその後に再改修を受けて52型として再登録された可能性だってある。そうなると42型は欠番になるから辻褄は合うよね。ちょびっと形の違う52型が出来上っちゃうけれど。

 52型の量産開始が昭和18年(1943年)8月で色々と怪しくなってきたころの事。当時の写真などを見ても52型と言われている機体はその全てが52型仕様になっていた訳ではなくって推力排気管ではなく22型と同等の集合排気管の機体も確認できます。当時の生産現場は色々と錯綜していたみたい。しょーがないよ時期が時期だしねぇ。だから42型もそうだったんだよ、多分きっとおそらく。

33型


 憶測で断定するのは危険だけれど個人責任の範疇であれこれイジりまわしてもバチは当たらないんじゃないかしら。それにゲン担ぎで型式変えたって理由の方が愉快なのは間違いないしある意味日本らしいと言えるかも。 

 真っ向正確精密をつきつめようが妄想街道を驀進しようがプラモなら何やっても許されるから好き。やっぱプラモは楽しんで作らなきゃね。     

製作の詳細

(写真1)そもそも今回は33型と42型のみを作っていた訳じゃなくってちょびっと前(具体的には十二年ほど前)にいつもの発作で同型機を大量生産しておりまして、単純にその片割れが完成したってのが真相です。つまりただいま現在も完成しなかったブツがお手つキットとして放置プレイされている訳ですね。
 以前のお手つき筑摩を見つけた時によもやと思って発掘したらもう出るわ出るわ。その一角がこのゼロ戦どもという訳です。長らく安置してた(忘れ去っていたとも言う)その挙げ句発見と同時に「おおっ、もうあとちょっとで完成ぢゃん?サンクス過去のわたし!」ってテンション爆上がりになるのは前向きなのか何も考えてないのか。反省の色がまったくないね。でも懺悔したからといってお手つキットが減るわけでもないけれど。

 でもものは考えようなんじゃないかしらん。やる気が出るのは悪いことじゃないしお手つきだってまっさらなキットよりはずっと完成に近づいている訳でして、むしろこれは未来の自分へ向けたサプライズなのかもですよ?

(写真2) 大量生産のメリットが一工程で複数のブツを進行させられるってところなんだけど、それは同時にお手つきになった場合当時の技量がそのまま未来に持ち越されるってことでもあるんだよね。しかも複数が。現在だったら銀塗装の前に下地のグロスブラックを吹くところだけど当時はベタ銀塗りのまま。ちなみに写真には映っていないけどこの後クリアブルーを吹いてます。塗り直しても良かったんだけれど今回はそのままいっちゃった。ちょっと試してみたかった事もあったし。(でもその内容今回は内緒ってことで♡)

(写真3) カウリングは22型からパクってきます。42型は52型よりもフラップの面積小さいからパテで埋めて筋彫りなおして先祖返りじゃ。

(写真4) 完成品で見れば矢印の部分だね。この間隔分がミソなんだけど言わなきゃ誰も分からない。折角パクったカウリングもきっと誰も気づかないに違いない。ただ白い52型と言われるのがオチだね。
 でもいいの。プラモなんて自己満足のカタマリなんだから作った本人が満足していればそれだけで正しいの。分かってくれる人間が一人でも居ればしてやったりとニンマリ出来る、それがモデラーってもんです。



(写真5) 33型は末期に試作された高高度戦闘機よろしく右側に排気過給器を付けてみました。計画予定でもそうなってたし。エンジン直後に付けて圧力損失を極小にしエンジンから漏れたオイルが触れて引火しないように側面に装備するってのが当時の日本的デザイントレンドであったようです。
 でもなんで右側なんだろ。誰か知っている方居らっしゃったら是非教えて下さい。搭乗口が左からって決まってたせい?ゼロ戦は確かにそうだったけれど他の機体はどうだったんだろ。もっとも本格的高高度戦闘機であったキ94とか五式戦の排気過給器装着機とか例外もあるけれど。そういや彩雲の排気過給器付きもそうだったな。(ハセガワ様ヨンパチで出してプリーズ)
 過給器はジャンクパーツの中からメッサーの尾輪と伸ばしランナーででっちあげ。機体に穴開けて埋め込んでます。

(写真6) 胴体銃と過給器の関係上インテークが真上では吸気ダクトの取り回しが出来ないんじゃないかしらんと考えて過給器と同じ右側面に新造してます。あるいはスペースの制約から胴体銃そのものが廃止される可能性もあるけれどこれはこれで個性的で気に入ってます。

(写真7)

(写真8) 完成間際の二匹。尾翼のコードレターは試作機なんでコから始まるでっちあげ。筆でちょびちょび書いて出来上りです。ちなみに主翼前縁の敵味方識別帯が赤なのは試作機だからじゃなくって陸海軍の規定では「黄もしくは赤」となってるので珍しい方を塗ったったろうと思ったから。飛燕とかじゃ見かけるけれど(244戦隊の小林照彦大尉機とか)海軍じゃ見ないもんね。ひょっとすると特別な命令とか許可を受けた機体しか塗られなかったのかもしんない。
 しかしこうやって見るとワタクシめはお手つキットからの完成品が多いよね。別に悪いことしてるわけじゃないけれどたまには買ってきたその日から作り始めて一気呵成に完成させるってのもやってみたい感じであります。
 幼かった頃は駄菓子屋の店先で買った端からパーツを手でもぎ取ってチューブ入り接着剤(あるいは菱形のヤツ)を歯で食い破り(接着剤の味が苦いのなんの)一時間と経たぬ内に完成させたもんです。完成させるのも速攻なら壊すのも速攻。次の日にはパーツのいくつかが紛失しているなんて当たり前。現物があるだけめっけもんだよ。
 そしてまたお小遣いを片手に新たなキット(獲物とも言う)を求めチャリンコを駆って町を駆け巡るのであります。
 ある意味キットにとっても作る本人にとっても一番シアワセな関係だったのではないかと思う今日この頃。でもだからと言って今それをやれるのかと言われれば「イヤだ」と即答してしまう哀しさよ。嗚呼モデラーちゅうもんは業の深い趣味でありますなぁ。


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