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(Photo) M14/41

by  コルディッツ
博物館実機写真

 第二次世界大戦のイタリア軍の主力戦車は、M13/40に始まり、エンジン出力を増強したM14/41、M14/41の武装とエンジンを換装したM15/42と続きます。Mは中戦車を意味し、次の数字は重量のトン級を示し、最後の数字は制式採用年を表します。
 生産数はM13/40が799輌、M14/41が744輌、M15/42が1943年9月の降伏までに90輌のようですが、資料によってかなりの隔たりがありますので、参考程度と考えて下さい。
 イタリア特集に便乗して、M14/41を紹介させて頂きます。
※ 本稿は博物館の標示、「戦車」(万有ガイドシリーズ 17 小学館)、Wikipedeiaを参照しました。  

M14/41
戦車博物館(ボービントン)にて      2010年7月撮影  


  M14/41は、私の高校生時代にタミヤがプラモ化した「M13/40カーロアルマート」のエンジンを換装したもので、武装や装甲に変更はなく、外見で変わったのはラジエーターグリルのスリットの向きと言われています。しかしその変更をM14/41初期型は実施していないので、考証マニアはたいへんではないかと。


 1940年採用のM13/40は、主砲の47mm戦車砲を旋回砲塔に載せたイタリア軍最初の中型戦車です。同年6月にイタリアが参戦したため、イタリア軍派遣の戦線で使用されることになりました。
 翌年採用のM14/41は、M13/40のフィアットSPA 8T-M40 V型8気筒液冷ディーゼルエンジンの出力が125hpと低いので、145hpのフィアットSPA 15T-M41 V型8気筒液冷ディーゼルエンジンに換装しました。なおSPAはイタリア語で株式会社の意味のようです。


エンジンデッキ後端にあるラジエーターグリルのスリットは、左右方向になっています。M13/40と一部のM14/41は、スリットの向きは前後でした。側面と後部の装甲板の厚さは25mm。




主砲は32口径47mm戦車砲 M35で、弾薬搭載量87発とする資料が 多いようです。

   CANNON 47/32 M1935 Breda 47mm
 マルタ戦争博物館(バレッタ)にて     2012年2月撮影


 戦車砲の基になったのは、オーストリアのベラー社が開発した平射歩兵砲で、イタリアは1935年にライセンス生産権を取得し、国産化を行ないました。

 以下は2019年8月に撮影しました。


 副武装として8mmブレダM38車載機関銃4挺を取付けました。
 主砲と同軸に1挺、対空用に砲塔天板に1挺、戦闘室前面右側に連装で配置しています。


 リベット止めの戦車を見ていると、懐かしい気持ちがします。
 砲塔前面の装甲厚は42mm、車体前面の装甲厚は30mm。
 戦闘室前面右側の8mmブレダM38連装機関銃


  走行装置はリーフスプリング・ボギー式。4個の小転輪を1組にして、この2組をリーフスプリングに取付けて1セットにして、片側に2セット装備しています。ヴィッカース社6t戦車が世界中に拡散させた走行装置のローカライズ版ですね。


  全く余談ですが、タミヤが「M13/40 カーロアルマート」と表記したので、カーロアルマートはM14/40の愛称と長く勘違いをしていました。まさか「戦車」の意味とは思いませんでした。
イタリア映画「ライフ・イズ・ビューティフル」のラストで、米軍のM4シャーマン戦車を見たイタリア少年が「カルロ・アルマート」と叫ぶ感動的なシーンがありますが、鑑賞していた私は、当時の勘違いを思い出し、苦笑いした記憶があります。




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