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誌上個展

<日本航空史> DC-3と仲間たち

  by 加藤 寛之
プラモデル コラム

 小学校に入学したころ、横田基地から飛び上がってくるジェット機はものすごい轟音だった。子供の高い大声でも、耳から30センチ離れれば聞き取れないほど。窓ガラスはバリバリと振るえ、赤ちゃんは泣き出した。そんななかで時々だが、のどかなプロペラ機の飛ぶことがあった。大抵の飛行機は離陸後にもずっと北の空へと飛んで行くのだが、このプロペラ機は遅すぎて後続に邪魔なのか、必ず途中で東方へとルートを外れた。そしてゆっくり飛ぶのでなかなか視界から消えなかった。DC-3は、そんな飛行機だった。今になってみれば、C-117Dのような改良型だったのかもしれないが、まあDC-3の一種ってところだ。よって本稿は、そのあたりの範囲をユルく広げている。

 DC-3はあまりにも有名機すぎて、文章を書きにくい。DC-3のことはWebに溢れているから、とりあえず『世界の傑作機』青版№66「C-47スカイトレイン 昭和零式輸送機」(1975年10月号)を書棚から出してきた。なかなか良い編集で、C-47シリーズだけでなく、DC-3の国産化や零式輸送機も書いてある。私はこの本を、だいぶ前に古書店で買ったのだが、そのころ見かけにくい一冊だった。古本で少ない本は、新刊のときに売れなかったからだ。『世界の傑作機』でも輸送機をとりあげたことの少ないなかで、これを出版してくれたことに感謝である。

 さて、掲載写真は資料として入手したモノから選んでみた。
 1枚目の離陸中のDC-3は、全日空の機体。2枚目はその前身である日ペリ航空時代のもの。共に長年使われたレオナルド・ダ・ヴィンチのヘリコプターをデザインした同じ社章を画いている。後者の写真では、主翼平面形の特徴や客室ドアの開き方が分かる。

①全日空


②日ペリ


 3枚目のカラーのDC-3は、戦前の日本航空輸送の使用機。モノクロ写真を印刷でカラー化した人工着色絵葉書だから細部の色は再現できていない。「なんだ、カラー写真じゃないのか」と思ってはいけない。カラー写真じゃないから色が鮮明に残っているのだ。

③日本航空輸送


 4枚目は零式輸送機。鮮明さに欠けるのは、小さな画像をトリミングして拡大したから。終戦直後の撮影らしく、プロペラが外されているのでエンジン前面の形がよく分かる。後方建物の屋根の迷彩塗装が興味深い。

④零式輸送機


 5枚目はC-47Dだろうか、よくワカラン。私は何でも知っているわけではない。

⑤C-47D


 6枚目は海上自衛隊の「まなづる」。写真に「1968年8月10日伊丹」のメモがある。この機体は、前掲『世界の傑作機』の39ページにも載っている。「海上自衛隊に供与された4機のR4D-6のうち唯1機の電子機器訓練用の機体」だそうだ。

⑥R4D-6


 最後に蒸し返すようなことを書くと、前掲『世界の傑作機』66に「民間旅客機型、それに戦後各国で使われている各型につきましては、いずれ機会を見て、あらためて特集したいと思います」とある。ほぼ半世紀待ったので、もうちょっと待ってみたいと思う。

 蛇足:日本航空のホームページにDC-3の使用実績が載っている。
「1951年8月27日取得。1951年8月29日退役」「10月の定期便就航を前に、3日間の招待飛行を実施。フィリピン航空からチャーターしたDC-3を「金星号」として使用した。
写真は第1日(8月27日)、東京周辺招待飛行への出発前の羽田空港でのもの」とあって、実機写真も載っている。本「Webモデラーズ」誌2019年11月号の<日本航空史>「職場としての大空」もご覧いただきたい。



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