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特集 民間機

べランカ CH-300 リトアニカ(DORA WINGS 1/72)

by 平針みなみ HIRABARI Minami

 ロシアがウクライナに侵攻を始めたころ、バルト三国について書かれた本を読んでいて、エストニア、ラトビアと読み進め、3冊目のリトアニアの本を読んでいたとき、「リトアニカ号」について書かれた箇所が出てきました。著者がリトアニアの博物館を巡っている中で、ニューヨークから大西洋を横断し、もう少しでリトアニアというところで墜落し、博物館にその残骸が展示してあり、また別の博物館には機体のレプリカが置いてあるというものでした。
それでドラウイングスのキットのことを思い出し、在庫の山から掘り出してきて手近なところに置いていたのですが、なかなか手を付けるにいたらず、今回の特集にことよせて作ってみることにしました。

ドラウイングスのべランカCH-300系の1/72キットは、2018年にBellanca CH/J-300 Record flight(DW72001)が、翌2019年にはBellanca J-300(DW72012)とBellanca CH-300 Pacemaker(DW72022)の2種が出ています。エンジンを強化したCH-400(DW72013)も2020年に出たようです。



 今回は、その第1作の「レコード・フライト」を作ってみました。
その名の通り、このキットには長距離飛行を行った、次の2機3種のデカールが用意されています。
1) CH-300 Lituanica(NR 688E) 1933
1933年7月、アメリカ合衆国に移民した2人のリトアニア人パイロット、ステポナス・ダリウスSteponas Dariusとスタシス・ギレナスStasys Girènasの操縦で、ニューヨークのフロイド・ベネット飛行場から大西洋を無着陸横断し、目的地であるリトアニアのカウナスに向かったが、その手前636㎞のところ、ドイツのソルディン近郊のクーダム村(現ポーランドのミスリボルシュ郊外のプシュチェルニク)付近で墜落し二人のパイロットは死亡。飛行距離としては、次のケープ・コッドに次ぐ記録。リトアニアではユーロ導入前の紙幣にこの二人の肖像が、その裏面にはリトアニカが大西洋を横断飛行している姿が描かれていました。二人の名前を付けた空港もあります。
2)J-300 Cape Cod(NR 761W) 1931
  1931年7月、ラッセル・ボードマンRussell Boardmanとジョン・ポランドJohn Polandoによりニューヨークのフロイド・ベネット飛行場からイスタンブールまでの8065.7㎞を飛行し、当時の長距離無着陸飛行の記録を作りました。ケープ・コッドという名は、二人が飛行訓練を行ったマサチューセッツ州のケープ岬にちなんだものです。
3)J-300 American Legion (NR 761W) 1930
  1930年10月に機体が火災。修理後にケープ・コッドと名称を改める。

キットの組み立て
 キットは、プラパーツのほか、エッチング、キャノピーのマスキングシート、ケープ・コッド用のレジンのスパッツで構成されています。

 機体の前のほうからみていくと、
 プロペラのエンジンへの取り付けは、エンジンの中心の穴にプロペラ軸を差し込むようになっていますが、その軸が非常に短く、そのままではすぐに抜け落ちてしまうので、適当な長さの真鍮線に置き換えました。また、エンジン側の穴は真鍮パイプを埋め込みました。

主翼は胴体からの2本の支柱で支える構造になっていますが、主翼を胴体に接着するにあたって、念のため左右の主翼を通す金属線を前後2か所に入れています。
 この2本の支柱を連結している支柱と張り線は、一体化したものがエッチングパーツで用意されています。今回はそのまま使いましたが、太さの異なる真鍮線などで置き換えたほうがよかったと思います。なお、この支柱・張り線は、主翼から鉛直方向におりているのではなく、前から見て少し斜め外側に向って下がって支柱につながっています。
 補助翼の羽布張りの表現が、桁と桁の間の表面をえぐったような変な表現なので、パテで埋めてなだらかになるようにしました。
 主翼のピトー管のパーツが、いつのまにかどこかに行ってしまっていたので、真鍮線で作りました。キットのパーツは太くもっさりしていたの、このほうがよかったと思いますが、少し長すぎたかもしれません。
 動翼の作動アーム、作動索もエッチングパーツが用意されていますが、薄くて索などすぐに曲がってしまうので、アームはプラバンで、索は真鍮線で置き換えました。
 尾翼の張り線を真鍮線で追加しました。垂直尾翼から水平尾翼上面へと、水平尾翼下面から胴体下部への左右各2本です。作動索より太い径のものにしましたが、太すぎました。

 このキット、よくできているとは思いますが、やはり組み立てはタミヤ等国産キットのようにはいかないので、各パーツの仮組み、すり合わせは必須です。
 キャノピーのマスキングシートは、キットに同梱されていることをうっかりしていて、マスキングテープを適当にカットしてマスキングしました。そのためキットのマスキングシートの具合は確認していません。


機体の色
キットの塗装図では、機体全面をクレオスの水性ホビーカラー H24 オレンジイエロー(黄橙色)(Mr.カラーでは黄橙色はC58)で塗るように指示しています。「オレンジイエロー」という言葉が引っかかった(オレンジレッドのイメージがあった)ので、今回はC59オレンジ(橙)に少量のレッドを混ぜて塗ってみました。もう少しレッドを入れてもよかったかなという印象です。


現存するCH-300、J-300のカラー写真を見ても、もっと赤みがあるようです。キットの箱絵やミス・ビードル号のレプリカも同様な色味です。
しかし、リトアニアの博物館で展示されているリトアニカのレプリカの色は、写真でみるかぎり、それらよりもオレンジ寄りに見えます。また、機体の残骸のカラー写真では、同じものでもオレンジ寄り、レッド寄り、それぞれありました。まあ、光の具合で色の見え方に幅があるのはしょうがないですが。
なお、博物館のレプリカの機体色は、IPMS カラー・クロス・レファレンス・ガイドのUSA, Pre-WWⅡにあるオレンジFS32544というカラーが、カラーチャートの小片を見る限りでは近そうに感じられました。 

三沢航空科学博物館のミス・ビードル号のレプリカ。 


 次の写真は、太平洋無着陸横断飛行80周年の記念フライトを行うために来日したスピリット・オブ・ウェナッチ所蔵のミス・ビードル号のレプリカ。2011年9月4日に開催された三沢基地航空祭で撮影したものです。三沢航空科学博物館のものと、ところどころ違いが見受けられます。


機体各部のマーク類
  リトアニカの初期の写真によりますと、プロペラブレードの先端には濃い色の2本の帯が入っています。キットの塗装指示では、ブレードの先端をシルバーのまま残し、少し内側に赤白赤の帯を入れるようになっています。今回はキットの指定の赤白赤にすることにし、以前作ったタミヤ1/35「カーロ・アルマート」の所属マークデカール、第1中隊第3小隊のマークを適当にカットして貼りました。
また、胴体側面中央部の支援者の名前を列記する部分が、まだ記入されていないことがわかる写真があります。その状態でデカールを貼ったのが下の写真です。



次の写真は胴体中央部に支援者の名前が入った状態。キットのデカールは、支援者の名前が入る巻紙を伸ばしたようなベース(デカール11 上左端)と名前(デカール12 上右端)が別々になっているので、この名前の有無の別でそれぞれ写真を撮影しました。 


キットのデカール

 プロペラブレードの裏面については、博物館で保存・展示されている墜落機のプロペラブレードの1枚がひどく折れ曲がっていて裏面も見えます。プロペラブレードの根元寄り、エンジンの中心からシリンダーの根元あたりまでに相当する部分はシルバーで、それから先端までが黒く塗られていることがわかります。

 その写真に写っているもう片方のプロペラブレードは少し曲がっただけのようですが、ハミルトンスタンダードのロゴマークはかなりはげ落ちています。また先端の赤白赤あるいは赤2本の帯は見えません。どの段階でそのようになったのかわかりませんが、下の写真は赤白赤のデカールを剝がしたものです。



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