実機について
ホーカー・シーホークとはイギリスの航空機メーカー、ホーカー社が開発したジェット戦闘機で、第二次世界大戦後にイギリス海軍を始め世界各国で使用されました。
戦闘機の名門企業ホーカー社は、第二次大戦中の1944年にレシプロ単発戦闘機シーフューリーにR.R.ニーン・エンジンを装備してジェット化したP.1035を開発していたが、やがてエンジンを胴体中央部に搭載して噴射口を左右に分岐した新設計P.1040に発展した。この配置は推力が低い初期のジェットエンジンのダクトロスを減らし、胴体内部の容量を確保する為だったが、一説にはハリアーの設計に影響を与えたとも言われている。1946年2月に英海軍は原型機3機を発注したが、空軍は既にミーティア、バンパイアを保有していたので興味を示さなかった。原型機は1947年9月に初飛行、1949年11月に英海軍はシーホークと命名された量産型151機を発注した。シーホークは操縦容易で運動性が良く「パイロットの飛行機」と呼ばれるほどに好評で、同時期の直線翼の艦上ジェット戦闘機スーパーマリン・アタッカーより性能も優秀だった。
1947年には旧ソ連でR.R.ニーン・エンジンを装備した後退翼の戦闘機MiG15が初飛行していたのに、直線翼のシーホークは少々旧式の感も有るが同機はホーカー社初のジェット戦闘機で有り、アメリカでも同年に直線翼のF9Fパンサーが初飛行していたので、開発に伴うリスクを考慮すると同時期の艦上ジェット戦闘機には妥当だったと思われる。
ホーカー社はホーカー・ハンターの開発で忙しかったので、同社で生産したシーホークは35機で終わり量産はアームストロング・ホイットワース社に移管された。量産型シーホークMk.1は1952年4月から引き渡され、1953年3月に英海軍No.806飛行隊が最初の実戦部隊になった。シーホークの量産型は539機生産された。
|
|
1956年11月の第二次中東戦争で、空母アルビオン、ブルワーク、イーグルに配属されていたシーホーク6個飛行隊が実戦参加した。1958年から後退翼のシミター、シービクセンと交代し1960年12月に第一線から退役した。
イギリス海軍以外ではオランダ海軍の空母カレル・ドールマン、インド海軍の空母ビクラントの艦載機として運用された他、西ドイツ海軍航空隊でも運用された。最後のシーホークはインド海軍機で、シーハリアーと交代する1984年まで現役だった。
ホーカー・シーホーク "Hawker Sea Hawk" 要目
全幅:11.89m
全長:12.09m
全高:2.64m
総重量:7,327kg
エンジン:ロールス・ロイス・ニーン MK.103 ターボジェットエンジン × 1
推力:2,359 kg
最大速度:964km/h
武装
20 mm イスパノ Mk V 機関砲 × 4
225 kg 爆弾 × 4
参考資料
"WARPAINT NO.29 Hawker Sea Hawk"
Warpaint Book http://www.warpaint-books.com/
"4+ publication Hawker Sea Hawk"
4+/Mark I publications
4+http://www.4pluspublications.com/index.php?page=main&lang
=en
|